中毒記

アクセスカウンタ

zoom RSS 2010年04月11日 ものすごくたくさんの人と手をつないだ夜明けスキップで吸い込まれたワゴン車。

<<   作成日時 : 2010/04/11 16:17   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 五感を他者と共有することは不可能であるが、そこにいますね、と他者を容認し、同時に自分も場を与えられる、という単純なコミュニケーションはとても簡単であり重要であり、そういうことを認識できる方法として、例えばコンテンポラリーダンスのコンタクトというのが有効なのではないかと思う。

 ダンサーの「言語」は体そのものだ。
 初期衝動が初期衝動として現れる「カラダ言語」の再現性の高さに、ラングエジであるところの言語は追いつくことができないとしみじみ思う。

 ぴったりと隙間なく合わされた指と指が、時間を少し追い越すほどの速さで互いの情報と意図を伝達しあうさまは魚の群れのシンクロと同じだ。そこに明確な「自覚」はないかもしれない。知性の支配を逃れた奥底の知恵だけが必要だ。
 その一瞬を、言語化しようと思うものならいったい何文字の言葉を費やさねばならないだろう。ほとほと不便なツールだと思う、言語というのは。

 だから、ときどき人は言語を扱うのをやめてみるのだと思う。大切な相手が目の前にいて、自分も相手も十分に疲れていてそれでも気分がはしゃいでいるなら、そういうときは手をつないでスキップが正解だ。
 そうしている自分たちをそれでも私は言語で記憶に留めようとしてしまうけれど。
 

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
2010年04月11日 ものすごくたくさんの人と手をつないだ夜明けスキップで吸い込まれたワゴン車。 中毒記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる